准教授 中嶋 泉

Nakajima Izumi

専攻:日本近現代美術史、ジェンダー研究、視覚文化論

日本近現代美術史を専門とし、ジェンダー/フェミニズムの視点から、美術史を成立させてきた価値、制度、言説を研究しています。これまで、主に戦後日本における女性の美術家と前衛芸術、身体性、創造をめぐる問題を中心に研究してきました。近年は、批評、編集、展覧会、美術館、アーカイヴ、国際的な文化交流など、作品や作家を支え、美術の価値を形成する制度や文化的実践にも調査を広げています。

研究紹介

私は日本の近現代の美術や視覚文化を、ジェンダーの視点から研究しています。美術史には、作品や作家についての評価が積み重ねられ、「重要な作家」「重要な作品」「重要な運動」が選び出されてきた歴史があります。しかし、その評価の基準そのものは、いつ、誰によって、どのように作られたのでしょうか。

これまでの研究では、1950年代から60年代を中心に、日本の女性美術家たちの活動を調査し、戦後美術史を支えてきた「前衛」「アクション」「抽象」といった価値が、ジェンダーと無関係ではなかったことを考えてきました。女性作家を美術史に追加するだけではなく、美術史を成立させている価値や概念そのものを問い直すことが、研究の中心にあります。

また同時に、作品を制作する作家だけでなく、美術をめぐる言葉や制度を作ってきた人々にも研究対象を広げています。批評家、編集者、キュレーター、ギャラリスト、文化事業の担い手、アーカイヴを作る人々など、美術が社会のなかで成立するためには、多くの仕事が必要です。そこに誰が参加し、誰が権威をもち、逆にどのような仕事が見えにくいものとされてきたのかを、戦後日本を中心に調査しています。

さらに、日本だけを閉じた単位として考えるのではなく、東アジアや米国、南米、ヨーロッパとの文化交流、美術館、大学、財団などの文化機関などのアーカイヴを通して、美術の制度と価値が国境を越えて形成されてきた過程にも関心を広げています。

私にとって美術史研究とは、すでに存在する作品について知識を増やすだけの仕事ではありません。作品、展覧会、雑誌、批評、写真、手紙、オーラル・ヒストリー、制度の記録など、さまざまな資料を組み合わせながら、これまでとは異なる問いを立て、歴史の見え方そのものを変えていく仕事です。

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メッセージ

学部生へ

美術や視覚文化を研究するために、最初からたくさんの知識をもっている必要はありません。「なぜこの作品が重要だとされているのだろう」「なぜこれは美術として扱われ、これは扱われないのだろう」「同じものを見ているはずなのに、時代や社会によってなぜ意味が変わるのだろう」といった小さな疑問が、研究の出発点になります。

授業では、作品をよく見ることと同時に、それについて書かれた言葉を読み、作品が作られ、展示され、評価された社会的・歴史的な条件を考えます。美術作品だけでなく、映画、写真、雑誌、広告、ファッション、マンガやその他の視覚文化も、問いの立て方によって重要な研究対象になります。

大学で人文学を学ぶことの面白さは、すぐに答えを出すことよりも、ものの見方を組み替える問いを身につけることにあると思っています。自分が気になっている作品やイメージから出発して、それを歴史や社会について考える問いへと育ててみてください。

大学院生へ

大学院では、日本近現代美術史、ジェンダー研究、フェミニズム美術史、視覚文化論を中心に、個々の研究テーマに応じて指導します。作品分析だけでなく、一次資料の調査、展覧会史、批評言説、オーラル・ヒストリー、アーカイヴ調査などを組み合わせ、問いと資料と方法の関係を具体的に組み立てていくことを重視しています。

私が研究を始めた頃と比べると、美術史や人文学の研究環境は大きく変わりました。とりわけ女性の研究者が増え、ジェンダーやフェミニズムをめぐる研究も、一部の研究者だけが担う特殊な領域ではなく、多くの分野と交差しながら展開しています。同時に、研究を続けていくための環境や制度には、なお考え、変えていかなければならない問題があります。

研究は個人の成果を競うだけの仕事ではありません。資料を残すこと、先行研究を読み継ぐこと、議論を交わすこと、他の研究者の仕事を支えること、そして次の世代が研究を続けられる条件を作ることも、知を生み出す営みの一部です。これまで広げられてきた研究と思考の場所を、一時的なものにせず、さらに持続可能で開かれたものにしていくことを、これから研究する人たちと一緒に考えていきたいと思っています。

異なる専門、言語、地域、世代の研究者との対話を通して、自分自身の問いを鍛えながら、既存の美術史や人文学の枠組みそのものを更新するような研究を目指してほしいと思います。

出版書籍

中嶋泉『増補改訂 アンチ・アクション――日本戦後絵画と女性の画家』

(筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、2025年。初版はブリュッケ、2019年)

1950~60年代の日本では、多くの女性画家が抽象絵画の最前線で制作していた。それにもかかわらず、戦後美術史は「アクション」や激しい身体性を中心に語られ、彼女たちの仕事の多くは見えにくくなっていく。本書は、草間彌生、田中敦子、福島秀子らの作品を見直しながら、作品の価値や「重要な美術」の基準そのものがどのようにつくられるのかを考える。

豊田市美術館・東京国立近代美術館・兵庫県立美術館編著『アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦』

(青幻舎、2025年)

書籍で提示された「アンチ・アクション」という問いを、14名の作家による約120点の作品を通して展開した展覧会の図録兼書籍。三つの美術館と学芸員、研究者の協働によって、作品だけでなく、年表、資料、作家の言葉、グリゼルダ・ポロックへのインタビューなどが集められた。研究が展覧会になることで、個々の作品を実際に比較し、それぞれの作家が戦後の抽象表現にどのように異なる方法で応答したのかを目で確かめることができる。

『この国(近代日本)の芸術――〈日本美術史〉を脱帝国主義化する』

(月曜社、2023年)

そもそも「日本美術史」とは、誰の美術を、どのような範囲で「日本」の歴史としてきたのだろうか。本書は、近代につくられた「日本美術」という枠組みを、帝国主義や植民地主義との関係から問い直し、沖縄、アイヌ、在日コリアン、ジェンダー、天皇制など、従来の美術史から周辺化されてきた問題を含めて再構成しようとする論集である。これまで扱われなかった作家や作品を付け加えるだけではなく、美術をめぐる制度や価値観、そして「日本」という枠組みそのものを歴史的に問い直す。

Griselda Pollock 編『Psychoanalysis and the Image: Transdisciplinary Perspectives』

(Blackwell Publishing、2006年)

人はなぜあるイメージに惹きつけられ、あるイメージには不安や嫌悪を感じるのだろうか。見るという行為は、意識だけでコントロールされているわけではない。本書は精神分析を、美術作品に隠された「意味」を当てるための道具ではなく、見る主体、欲望、記憶、身体、無意識とイメージとの関係を考える方法として用いる論集である。絵画から映画まで異なる領域を横断しながら、精神分析によって「見ること」そのものを問い直す。

Kristine Khouri、Rasha Salti 編『Past Disquiet: Artists, International Solidarity and Museums-in-Exile』

(Museum of Modern Art in Warsaw、2018年)

1978年にベイルートで開催された「パレスチナのための国際美術展」を出発点に、1970年代の美術家たちによる国境を越えた交流と政治的連帯のネットワークを、残された資料や証言からたどったリサーチ展覧会『Past Disquiet』から生まれた本。パレスチナをはじめ世界各地を結んだ美術活動を通して、欧米の主要都市や美術館を中心とする美術史とは異なる国際的な美術の広がりを浮かび上がらせる。日本ではJAALAが、欧米中心ではない美術交流を目指してパレスチナ美術を紹介しており、美術が国境を越えた政治的・文化的連帯の場となった歴史も取り上げられている。

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