教授 北村 毅

Kitamura Tsuyoshi

専攻:文化人類学・民俗学

1973年生。2006年、早稲田大学人間科学研究科生命科学専攻博士後期課程修了。博士(人間科学)。早稲田大学高等研究所助教・准教授、同大学琉球・沖縄研究所客員准教授を経て、2015年4月に大阪大学大学院文学研究科(現人文学研究科)准教授に着任。2023年4月より、現職。

研究紹介

私の研究テーマは、アジア太平洋戦争が日本にもたらした影響です。といっても、政治や外交といった大きな歴史ではなく、人びとの生活の位相で戦争の影響をミクロにとらえることを試みてきました。人類学や民俗学は、人びとの生活をとらえる学問です。そして生活は、文化や民俗と密接にかかわっています。戦争は終わったあとも、暮らしのなかに、家族のなかに、そして人の心のなかに、長く影を落とし続けます。その見えにくい影を、生活の現場から掬い上げることが、私の仕事だと考えています。

一貫して関心を抱いてきたのは、近代的な価値観から取りこぼされてきたこと、目に見えないこと、多くの人の心の中で起こってしまうようなことです。たとえば、戦争や災害の後に人が幽霊を見てしまう心理。そうした経験が人びとの間で語られ始めるとき、それはまさに民俗(フォークロア)になります。そのような語りをクローズアップするシャーマンのような存在にも、注目してきました。

フィールドは、地域としては沖縄が中心です。場所としては、戦争遺跡から精神病院まで、さまざまなところに足を運んできました。資料も、人に話を聞き、人がやっていることを観察するフィールドワークのデータだけでなく、公文書やエゴドキュメント(手記や日記など)といった文書も幅広く扱っています。フィールドで出会ってきたのは、沖縄の戦争体験者や戦争遺跡を案内する人びと、戦没者遺族や帰還兵の家族、また精神保健福祉の関係者や当事者などです。その出会いは自然に広がり、今に至ります。博士論文をもとにした拙著『死者たちの戦後誌――沖縄戦跡をめぐる人びとの記憶』(御茶の水書房、2009年)は、そうした歩みの出発点となった仕事です。

方法論としては、記憶論、トラウマ論、オーラルヒストリー、オートエスノグラフィ、当事者研究、ケア論など、関心のおもむくままに、必要に応じて選び取ってきました。振り返れば、頭で考えて歩んできたというより、そのときどきの出会いと問いに応えるうちに、自然とそれらの理論を手に取っていたように思います。目の前の人びとの生活と語りに導かれて歩いてきたといえます。

研究室の学生たちと(2026年8月)
研究室の学生たちと(2026年8月)
現場(フィールド)での聞き取り(2026年8月)
現場フィールドでの聞き取り(2026年8月)

メッセージ

学部生へ

アニメの聖地巡礼、推し活、部活・サークル活動、地元の商店街や祭り、出身地の戦争の記憶や痕跡──あなたの「好きなこと」「気になること」は、そのまま研究テーマになります。この研究室では、卒論のテーマをみつけるところから一から指導します。日本に関係することなら、入口は何でもかまいません。大切なのは、その先で「なぜ?」という自分なりの問いをみつけること。好きだけれど、うまく言葉にできない。なんとなく気になるけれど、なぜかは分からない。実は、そのもやもやこそが研究の種です。それを言葉にしていくところから、一緒に始めましょう。

学びの中心は、フィールドワークです。授業では、大学のある豊中市で、ケアや福祉、まちづくり、就労・女性・外国人支援などの現場を訪ね、そこで働く人や暮らす人の話を聞き取り、報告集にまとめて地域で発表してきました。実習で、市内の高齢者の生活史を聞き取ることもあれば、沖縄を訪れ、戦争の記憶が刻まれた場所を歩くこともあります。

フィールドワークで身につくのは、人の話を聞く力、問いを立てる力、そしてそれを文章にまとめる力です。これは、どんな道を歩むにしても、生きていくうえでの糧になるはずです。ゼミの出身者に、新聞社やテレビ局などマスメディアへ就職する人が少なくないのも、その証しだと思っています。
教室での学びとフィールドでの経験を往復しながら、自分だけの問いを育てていきましょう。

大学院生へ

ゼミには、多様な人びとが集っています。沖縄・奄美の出身者、社会人、留学生も多く、年齢層もさまざまです。沖縄をフィールドとする人、戦争をテーマとする人、オートエスノグラフィを方法とする人など、研究の関心も一様ではありません。実務経験や当事者としての視点、異なる文化的背景が交差するゼミの議論は、一人で文献に向かうだけでは得られない気づきに満ちています。

指導にあたって大切にしているのは、院生自身の問いに伴走することです。テーマを私の専門に引き寄せる必要はありません。沖縄や戦争を研究していなくても、語りや記憶に向き合う姿勢を共有できれば歓迎します。文化人類学・民俗学を軸に、歴史学や社会学、臨床の知とも行き来しながら、領域横断的に自分の研究を育てていってほしいと思います。

また、ナラティブ・アプローチを方法とする教員が複数いる研究室は、全国的にも珍しい場所です。オーラルヒストリー、ライフストーリー、当事者研究など、語りをめぐる質的研究を学びたい人には、恵まれた環境だと思います。自分自身の経験から出発する研究も、ここでは正面から議論できます。

進学を検討中の方は、出願前にお気軽にご相談ください(handaikitamura@gmail.com)。

出版書籍

内海潤也・北村毅・佐喜真彩・志賀理江子・東琢磨『カタログ「山城知佳子×志賀理江子 漂着」展』

(石橋財団アーティゾン美術館、2025年)

沖縄を拠点とする山城知佳子と、 東北・宮城に拠点を置く志賀理江子、 沖縄と東北という地理的にも文化的にも離れた地域で活動する2人の創作には、 それぞれ異なる経験や感覚を抱えながらも共通するテーマが見いだせます。2人の表現が交差することで、 今を捉え直す新しい視点が生まれ、私たちがどのように現在を築き、未来を想像していけるのかを問いかけます。

風間計博・丹羽典生編『記憶と歴史の人類学 : 東南アジア・オセアニア島嶼部における戦争・移住・他者接触の経験』

(風響社、2024年)

史実と虚偽のあわいに立つ。ヨーロッパ人の登場から植民地支配、大戦とナショナリズム、邦人移民や核実験など、海洋がつなぐ地域には異質な他者との多様な接触の歴史/記憶が交錯・堆積する。本書はその痕跡=遺物や遺骨、古びた写真、語りや歌謡、身体に刻まれたイレズミ等にひとまず「史実性」を措定し、現在する影響力の意味に着目する。注目の論集。

竹島正・森茂起・中村江里編『戦争と文化的トラウマ:日本における第二次世界大戦の長期的影響』

(日本評論社、2023年)

本書は、日本が経験した第二次世界大戦(アジア・太平洋戦争)を、トラウマ、とくに「文化的トラウマ」の視点から検討することを試みる。そのために、単に心的なトラウマのみではなく、それを引き起こした歴史的事実、引き続く身体・社会への作用や、それをめぐる国や社会の対処、そして、個人から国また文化にも浸透している被害‐加害関係における立場といった事象の全体を視野に収める。
戦争という巨大な事象を、歴史学、社会学、精神医学、臨床心理学、ジャーナリズム等の協働により学際的に論じることで、現在にまで及ぶその長期的な影響にさまざまな角度から光を当てる。

蘭信三他編『シリーズ 戦争と社会5:変容する記憶と追悼』

(岩波書店、2022年)

敗北に終わった戦争を記憶・記念し、無残な死を遂げた者を追悼する営みは、時の流れにともない困難さを増し、変質を余儀なくされてきた。戦後日本社会の歴史の中で記憶と追悼が変容してゆく過程をたどるとともに、過去の出来事を眼差すそれらの営みが、未来を開く可能性を秘めていることを明らかにする。

北村毅『死者たちの戦後誌──沖縄戦跡をめぐる人びとの記憶』

(御茶の水書房、2009年)

「戦死後」という新たな観点から「戦後」を問い直す。沖縄の戦跡という場で、人びとの日々の営みの中で、戦死者はどのように弔われ、記憶され、語られてきたのか?膨大な文献資料と緻密なフィールドワークから、戦死者にとって空白の「戦死後」の64年を読み解く。

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